筑波山名物正調ガマの油売り口上
筑波山ガマ口上保存会

 さあさあ、お立ち合い。
御用ごようとお忙ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで。
遠目山越えとうめやまごえ笠の内かさのうち。聞かざる時は、物の出方でかた善悪ぜんあく黒白あいろがトーンと分からない。
山寺のかねがグォーングォーンと鳴ると雖もいえども童子一人どうじいちにん来たって鐘に撞木しゅもくをあてざれば、
鐘が鳴るのか撞木が鳴るのか、トントその音色が分からぬのが道理どうりじゃ。

 さて、手前てまえここに取りいだしたるこれなるこのなつめ
この中には一寸八分唐子発条いっすんはちぶからこぜんまいの人形が仕掛けてある。
 我が国に人形の細工師さいくし、あまたありと雖もいえども
京都にては守随しゅずい大阪表おおさかおもてにては竹田縫之助たけだぬいのすけ近江大掾藤原朝臣おおみのだいじょうふじわらのあそん
この人たちを入れて上手名人じょうずめいじんはござりませぬけれども、
手前のは、これ近江の積り細工つもりざいくじゃ。
咽喉のんどには八枚の小鉤こはぜを仕掛け、背中には十と二枚の歯車が組み込んでござりまする。

 この棗をば大道だいどうに据え置くならば、
天の光を受け地の湿りを吸い上げまして、陰陽合体いんようがったい
パッと蓋をとる時には、ツカツカツカと進むが虎の小走り虎走りとらのこばしりとらばしり
後ろへ下がって雀独楽どり独楽返しすずめこまどりこまがえし
また孔雀霊鳥の舞くじゃくれいちょうのまいと、十二通りの芸当がござりますけれども、
如何いかに芸当が上手であろうとも、投げ銭や放り銭はおことわり。
 手前大道にて未熟な渡世とせいはしておるけれども、憚りはばかりながら天下の町人。
泥のついた投げ銭なげせん放り銭ほうりせんなんか、バタバタ拾うようなことはいたしませぬで。
 しからばお前、投げ銭や放り銭もらわねえで何を以ってもって商売としているのかい。
何を以っておまんまを食べているのかい、と心配なさる方があるかも知れないけれども、
これなる此の看板示すが如くごとく筑波山妙薬つくばさんみょうやく陣中膏ガマの油じんちゅうこうがまのあぶら
此のガマの油という膏薬をばこうやくをば売りまして、生業となりわいと致しておりまするで。

 さて、いよいよ手前ここに取りいだしたるが、それその陣中膏はガマの油だ。
だが、お立ち合い。蟇々がまがまと一口に云っても、そこにもいるここにもいるという蟇とはちとこれ蟇が違う。
ハハア、蟇かい。なんだ蟇なんかなら俺んちの縁の下えんのした流し下ながしもとにぞろぞろいる。
裏の竹藪たけやぶにだって蟇なんかいくらでもいる、なんていう顔している方が居りますけれども、
あれは蟇とは言わない。
ただの引蛙ひきがえる疣蛙いぼがえる御玉蛙おたまがえる雨蛙あまがえる青蛙あおがえる
何の薬石効能はござりませぬけれども、手前のはこれ四六の蟇しろくのがまだ。四六の蟇だよ。
 四六五六しろくごろくというのはどこで見分けるかっというと、此の足の指の数。
えー、前足の指が四本しほん、後足の指が六本ろっぽん。これを合わせまして蟇鳴躁ひきめいそうは四六の蟇だ。四六の蟇。

 また、この蟇の採れるのが、五月、八月、十月でござりますから、
一名これ五八十ごはっそうは四六の蟇だ。四六の蟇。
さてしからば、此の四六の蟇の住む処、一体何処いずこなりやと言うなれば。
此れより遥か北の方はるかきたのかた、北は常陸ひたちの国は筑波のこおり
古事記こじき万葉まんよう余蘊古いにしえから歌で有名。
筑波嶺の峰つくばねのみねより落つる男女川みなのがわ こいぞつもりてふちとなりぬる」と陽成院ようぜいいんの歌にもございます、
関東の名峰めいほうは筑波山のふもと臼井うすい神郡かんごおりたて六所ろくしょ沼田ぬまた国松くにまつ上大島かみおおしま東山ひがしやまから
西山にしやまの峰にかけましてゾロゾロと生えておりまする、大葉子おおばこうと言う露草つゆくさをば喰らって育ちまするで。

 さてしからば、此の蟇から此の蟇の油を採るにはどういう風にするかって言いますと。
まずはノコタリノコタリ急ぎ足、木の根、草の根踏みしめまして山中深く分け入り、
捕えきましたるこの蟇をば、四面しめんに鏡を張り、その下に金網・鉄板を敷く。
その鏡張りかがみばりの箱の中に此の蟇を追い込む。
 さー、追い込まれたガンマ先生。
鏡に写る己のみにくい醜い姿が四方しほうの鏡にバッチリと写るからたまらない。
我こそは今業平いまなりひらと思いきや、鏡に写る己の姿の醜さに、ガンマ先生びっくり仰天いたしまして、
御体ぎょたいから油汗をばタラーリタラーリタラーリ流しまする。
 その流しましたる油汗をば、下の金網からググッと抄き取りすきとり集めまして、
三七さんしちは二十と一日の間、柳の小枝をもちまして、トロリトロリトローリとよく煮炊きしめ。
赤辰砂あかいしんしゃ椰子油やしあぶら、テレメンテーナ・マンテーカというから天竺てんじく南蛮渡りなんばんわたり妙薬みょうやくをば合わせまして、
よく練って練りぬいて造ったのが、これぞ此の陣中膏ガマの油の膏薬でござります。

 これにて、このガマの油の造り方お分かりでござりまするかな。
エー、分かったよ。
分かったけれども、どうせ大道商人のお前のガマの油なんかろくな効き目なんかあるまい、
と思ってるような顔している方がおられるようだけれども、
薬というのは何に効くのか効き目が分からなかったら値打ちがねえよ。

 しからば、ガマの油の膏薬何に効くかと云うなれば。
まずはしつ癌瘡がんがさ火傷やけどに効く。よう梅毒ばいそうひび霜焼しもやけあかぎれだ。
前に廻ったらインキンタムシ。後に廻ると肛門の病い。
「こうもん」の病と云っても水戸黄門様が病気になったんじゃないよ。
此れを詳しく云うなれば、出痔でぢ疣痔いぼぢ走り痔はしりぢ切れ痔きれぢ脱肛だっこう鶏冠痔けいかんぢ
鶏冠痔というのは鶏の鶏冠とさかのように真っ赤になる痔で痔の親分だ。
だが、手前の此のガマの油をばグッとお尻の穴に塗り込むというと、三分間たってピタリと治る。
まだある。
槍傷やりきず刀傷かたなきず鉄砲傷てっぽうきず擦り傷すりきず掠り傷かすりきず外傷一切がいしょういっさい。まだある。
 大の男が 七転八倒しちてんばっとうして畳の上をばゴロンゴロンゴロンと転がって苦しむほど痛えのが、
これこの虫歯の痛みだ。
だが、手前のこのガマの油の膏薬。これをば紙に塗りまして上からペタリと貼るというと、
皮膚を通し肉を通して歯茎はぐき滲みるしみる
又、ガマの油小さく丸めましてアーンと大きな口開いて歯の空洞うつろにポコンと入れるというと、
これ又三分間、熱いよだれがタラリタラーリと出ると共に歯の痛みピタリと治る。まだある。

 どうだい、お立ち合い。お立ち会いのお宅にちいさい赤ん坊はいらしゃるかな。
お孫さんでもお子さんでもいいよ。エー、赤ん坊の汗疹あせも爛れただれ気触れかぶれなんかには、
手前の此のガマの油の入っておりましたる空き箱あきばこ空箱からばこ潰れ箱つぶればこ
此の箱を見せただけでもピタリと治る。
 エー、どうだいお立ち合い。こんなに効くガマの油だけれども、残念乍らざんねんながら効かねえものが四つあるよ。
先ずは恋の病こいのやまい浮気の虫うわきのむし。あとの二つは禿はげ白髪しらがに効かねえよ。
 おい、油屋。お前さん効かねえものなんか並べちゃって、
もうガマの油の効能つうのは終わりになったんじゃねえか、
と思ってる方がおりますけれども、そうではござりませぬ。も一つ大事なものが残っておりまする。

 刃物の切味きれあじをば止めてご覧に入れる。
 ハイッ。手前ここに取出したるは、
これぞ当家とうけに伝わる家宝かほうにて、正宗まさむねが暇に飽かして鍛えた天下の名刀てんかのめいとう
元が切れない中切れない。
中が切れたが先切れねえなんていう、鈍刀どんとう鈍物どんぶつとは物が違う。実に、よく切れる。
 エイ。抜けば夏なお寒き氷の刃こおりのやいば津瀾沾沌つらんてんとん玉と散る。
 ハイ。ここに一枚の紙がござりまするので、これを切ってご覧に入れる。
ご覧の通り、種も仕掛けもござりませぬ。
ハイ。一枚が二枚。二枚は四枚よまい。四枚は八枚。八枚は十六枚。十六枚が三十と二枚。
三十と二枚が六十と四枚。六十と四枚が一束いっそく二十八ふたじゅうはち枚。エイ。これこの通り細かく切れた。
 パーッと散らすならば、比良の暮雪ひらのぼせつ嵐山あらしやまには落花吹雪らっかふぶきの舞いとござりまする。
 どうだお立ち合い。こんなに切れる天下の名刀であっても、
この刀の差表さしおもて差裏さしうらに手前のガマの油を塗るときには、
刃物の切味ピタリと止まる。塗ってご覧に入れる。
アーラ塗ったからたまらない。刃物の切味ピタリと止まった。

 我が二の腕をば切ってご覧に入れる。
ハイッ。打って切れない。叩いて切れない。押して切れない。引いても絶対に切れない。
さて、お立ち会いの中には、なあんだ、お前のそのガマの油という膏薬は、
これほど切れた天下の名刀をただの鈍らなまくらにしてしまうだけだろう、
と思ってる方がおりますけれども、そうではござりませぬ。
手前憚り乍ら大道商人はしていると雖も、ご覧の通り金看板きんかんばん天下御免てんかごめんのガマの油売り、
そんなインチキはやり申さん。
此の刀についておりまするガマの油、この紙をもちまして、きれいに拭きとるならば、
刃物の切味が又元に戻ってまいります。
さわっただけで赤い血が出ましてござりまするで。
 ハイッ。これこの通り赤い血が出ましてござりまするで。
 だが、お立ち合い。血がでても心配はいらない。
なんとなれば、ここにガマの油の膏薬がござりまするから、
この膏薬をば此の傷口にぐっと塗りまするというと、
タバコ一服吸わぬま間にピタリと止まる、血止めの薬とござりまする。
これこの通りでござりまするで。

 さあて、お立ち合い。
お立ち会いの中には、そんなに効目あらたかなそのガマの油、一つ欲しいけれども、
ガマの油ってさぞ高けいんだろうなと思ってる方がおりますけれど、
此のガマの油、本来ほんらい一貝ひとかい二百文にひゃくもん、二百文ではありますけれども、
今日ははるばると出張ってでばって御披露目おひろめ
度胸でどきょうで、女は愛嬌あいきょう、坊さんお経で、山じゃうぐいすホウホケキョウ、
筑波山の天辺てっぺんから真逆様まっさかさまにドカンと飛び下りたと思って、その半額の百文。二百文が百文だよ。
さあ、安いと思ったら買ってきな。
効能が分かったら、ドンドン買ったり買ったり。